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last updated 1997/06/13

第29話(全130話)

マリカ、まぼろしを見る(2/2)




 女の子らしさは弱さだと、誰に教わるでもなく自然とそう思うようになった。ロマンス小説
を読んでも感情移入するのは常にヒーローのほうで、何かと言うと悲鳴を上げたり泣いたり悪
漢に捕まったりと、ヒーローの足手まといになっているだけのヒロインには苦々しい思いしか
抱けなかった。
 なのに。
 いま城と国を後にして、姫と言う鎧を脱ぎ捨てたマリカは、はじめて胸の疼きを覚えている
。その甘い痛みは「マリカは女の子なんだよ」と告げている。
 いままでちいさな箱の中に押し込んで、頑丈な鍵をかけておいた「マリカの乙女心」が一挙
に箱から解き放たれて、彼女の隙間だらけの心を大急ぎで埋め尽くそうとしているかのようだ
。「どうかしてる」
 マリカはつぶやく。
 いくら城を飛び出してきたとは言え、たったそれだけのことで、あたしという人間がすべて
変わってしまったわけはない。そんなの有り得ない。
 なのに。
 男の子の幻なんか見ちゃってる。
 それだけならまだしも、こともあろうにあたしはその男の子の姿に胸を疼かせたりなんかし
ちゃってる。
 どうかしてる。
 あたし、すごくヘンだ。
 マリカはタメ息をついた。
 彼女は気づいていなかった。どうして城を飛び出してきたのか、その本当の理由に、まだ気
が付いていなかった。
 押し付けられた結婚を認められず、自分をもっと高めるために旅立つのだとナッツには言っ
たが、それはあくまでも建前だ。本当の理由はまだ彼女が思い至っていない心の奥の小部屋の
中に仕舞われていた。鎧の中に閉じ込められたまま飼い殺され、そういうものが存在していた
のだということさえ忘れられそうになっていたもの。それが彼女を旅立たせる本当の理由。た
とえばそれは「夢見る心」と呼んでもいい。どこかにあたしを待ってる人がいる。運命という
絆で結ばれた、あたしだけの誰かがきっといる。
 その乙女心はそんな夢を見ていた。飼い殺されたり、忘れられ、萎むに任せるままにしてお
かれてはならない「夢」だった。その夢を押さえ付けたまま生きるとしたら、それは自分の人
生をその時点で見限ったのと同じだろう。
 人は自分だけの誰かを求めることで、自分を高めて行く。
 自分だけの誰かを捜すことで、本当の自分をみつけて行く。
 自分だけの誰かの中に、いちばん美しい自分を発見する。
 それが人という生き物の基本的な命の欲求だ。
 いちばん美しい自分と出逢うことを、たとえば「しあわせ」と呼ぶのだ。
 マリカの胸の疼きは、彼女にそれを教えようとしていた。
 あなただけの青い鳥を捜すために、あなたは城を飛び出してきたのよ、と胸の疼きはそう告
げていた。
 何となく、そこはかとなく、その気配を感じて、しかし自分の中にそうした女の子らしさが
あることを認めるのが照れ臭くて、マリカは乱暴に首を振った。
「馬鹿みたい。きっと光線の加減か何かだわ」
 わざと大声で言ってみた。声を出すことで、幻に惑わされた自分を嘲おうとした。けれど出
来ない。どうしても笑顔に無理を感じてしまう。
 それは本心を誤魔化しているからだ。
 本心は垣間見た幻の少年に、女の子としてときめいていた。
 そのときめきを振り捨てるようにして、マリカはワーターの脇腹を蹴り、グリフォンを再び
森へと向けて走らせた。いまは「心の幻」に気を取られている時ではない。森の中に救難信号
を発信している彼女のロボット、マスターがいるはずなのだ。
 いまは一刻も早くマスターのもとに駆け付けてあげなくちゃ。
 自分を説得するように呟いて、マリカはエルモの森の、ミルク色の霧の中へとワーターを走
り込ませて行った。

(つづく)




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